椿説弓張月。関連書籍(再話作品)感想。児童書編・その1

ここからは管理人が読んだ児童書についての感想です。紹介する順番は著者名50音順にするか出版年順にするか迷いましたが、管理人が読んだ順番にします。

『新編弓張月 <上> 伝説の勇者 <下> 妖魔王の魔手』 三田村信行/文 金田栄路/絵 ポプラ社 2006年10月上巻12月下巻
『少年少女世界の名作文学46(日本編2)』 筒井敏雄著 小学館 1965年10月
『少年少女のための国民文学24 椿説弓張月』 松尾靖秋著 福村書店 1961年
『為朝物語ー椿説弓張月』 高藤武馬著 春陽堂書店 1977年

『新編弓張月 <上> 伝説の勇者 <下> 妖魔王の魔手』 三田村信行/文 金田栄路/絵 ポプラ社 2006年10月上巻12月下巻

一風変わったサブタイトルで解る通り児童書だ。表紙の為朝は今風の若武者で、イラストレーターは人気ゲームのファイナルファンタジーXIを手がけた人だという。

この表紙絵を馬琴作品が並んでいる児童書コーナーで見つけた時はかなり驚いた。しかしサブタイトルや表紙の印象に反して内容はかなり原作に近い。もちろん変更点や脚色はある。にょこ達の元に神様が現れて社がどうこうという場面や朝稚が白縫に会う場面がカットされており、阿公が鶴亀の祖母設定はなくなり中山王子は死なないなどだ。どれも児童書として納得の部分ばかりだろう。

しかし保元の乱の場面は加筆されている。椿説弓張月の原作では超ダイジェストで訳が解らないエピソードだったが、この児童書では保元の乱の知識が無くても読める。良質の訳だ。

原作通りの部分はたくさんあり、為朝が奥さんを何回も作ったり、実在の上皇が魔道に入るエピソードも残っている。「何処の国ですか?本当に沖縄県ですか?」と疑問に思ってしまうほどに異国情緒あふれる琉球もきちんと出てくる。

八犬伝以外の馬琴作品の児童書が21世紀に入ってから出版されたと言うのはかなり嬉しい。私もこれで弓張月に興味を持ち、それから一年もしないうちに原文を読んでデータベースサイトをつくってしまったくらいだ。

近所の図書館では子供達に大人気だったので、何年かしたら若い弓張月ファンが増えているかもしれない。この本も管理人は最初は図書館から借りていたが、夏休みに借り占めると悪いと思いポプラ社から注文して購入した。

帯には「『南総里見八犬伝の滝沢馬琴がのこしたもう一つの傑作『椿説弓張月』が、あらたによみがえる!」とあった。図書館の本には帯がないので、実は最初のうちは「タイトルが“椿説”ではないの?」と「表紙に馬琴の名前が無いの?」と怪訝に思っていた。あとがきには馬琴の事は書いてある。

著者の三田村信行氏は児童文学はオリジナルの物を何十年も手がけているベテランで、三国志や源平盛衰記など歴史物の児童書も執筆されているそうだ。

『少年少女世界の名作文学46(日本編2)』筒井敏雄著 小学館 1965年10月

椿説弓張月全編の翻案ではない。為朝の出生から大嶋の戦いまでを描く。

大筋は原作に沿っているが、登場人物の心情や生活などが描かれており丁寧な印象を受ける。寧王女の出会いの場面とかは好きだな。

気になったのは、紀平治の通り名を「八方荒らし」で通していたり、幼少時の為朝が信西から「これ子ども、おまえの目は、ひとみがふたつずつある世にもふしぎな顔だ。」という?マークが出てしまうな記述もある。ちなみに挿絵は劇画調というのか?リアル系だ。

変更点。尾張権守が敵で、為朝と白縫の結婚式に軍勢を率いて攻め込む。野風・八代・白縫・紀平治が暴れるのは面白かった。

為朝の奥さんは白縫姫1人だけ。為丸・朝稚・嶋君の3人も白縫の子供であり、舜天丸は出てこない。

にょこも登場しないが、簓江は役目を変えて登場する。鬼夜叉は少年だ。

ラストは史実の為朝はここで討ち死にしたとされる大嶋の戦いだが、この話ではなんとか皆無事に逃亡に成功。

大和には朝稚を送ったし、大和は平氏に任せ(つまり清盛は討とうとしない)て、為朝は一度会った寧王女を助けるため白縫・紀平治・為丸・嶋君・鬼夜叉他大嶋の人々と九州に残っている仲間たちを引き連れ、いざ琉球へ!でED。

なかなか燃えるラストだ。

ちなみに大嶋の戦いが起きた時の琉球は、大和時間ではまた寧王女は中城(東宮)に押し込められていた時だ。しかし琉球時間ではちょうど矇雲のクーデターが起こった年である。

「悲運の王女を助けるため、為朝と大勢の仲間たちが矇雲に挑む!」これはこれで面白い展開じゃないか。寧王女も白縫も生きていて、琉球王朝は寧王女が継ぐというオチにすれば舜天丸がいなくても良いだろうし。

しかし解説の「為朝の行き方から学ぶ物は、大嶋の為朝の生活でおわっています」は無いだろう。

『少年少女のための国民文学24 椿説弓張月』 松尾靖秋著 福村書店 1961年

色々置いておいて、まずページをめくったら真っ先に目が入るのが葛飾北斎画の原作絵なのは良い。しかし1ページ丸々使った前篇の白縫姫の紹介絵がトップなのはないだろ。あの絵の白縫姫は男の生首を洗っているのに。子供泣くぞ。私も恐かった。

すぐ読めるだろうと高をくくっていたら198ページもあって二段組、読者の年齢を考えて絵を多めにしたらしいが充分に活字中心の構成。しかも文字が小さい。これが昭和36年の児童書か。こういうのが借りられるというのが凄いわ。

冒頭でこれはあらすじ状態になっていると断っているが、むしろ原作の細かいエピソードをきちんと拾ってあり決してダイジェストになっていない。特に女護が嶋と男の嶋関連のエピソードと朝稚のエピソードはかなり丁寧だった。むしろ全体的に丁寧で充分原作の内容は伝え切れていると思う。もちろん一つの物語としても面白い。

これが八犬伝の児童書になるとただ人気エピソードを拾い集める事に専念した超ダイジェスト児童書が結構見受けられるから、充分に丁寧だと思う。

しかし丁寧なので198ページ二段組でありながら原作の後篇で終わっている。琉球篇無しなのはいいとして船の沈没と一部キャラが助けられる危機的状況で普通終わるか?将来的に原作に取り組んで欲しいという冒頭の著者のメッセージの表れと受け取っておこう。

あと、幼少期の為朝に瞳が2つあるのは原作エピソードだったのか。

解説で当時の時代背景とその思想を子供向けに言及してあるのは好印象。子供に時代物を読ませて一番不安なのは昔の人々の考え方が理解できるかどうかだからだ。これは大人にも言える事で八犬伝の時代背景的には仕方ないのであり「封建的なのか良くない」とか言われても困るわけだし。でも「勧善懲悪とは聞いていたのに殺人シーンが多いので嫌」は仕方ないよな、と思ってしまう。最近は時代劇も再放送ばかりだし、ゲームだとレーティングが進んでいるので人を殺すヒーローは12歳以上推奨である事が増えた。「日本のヒーロー物の古典。勧善懲悪モノ」と聞いて殺人シーンがわんさか出てくるのは珍しいだろう。

話はズレるが昔アポロ陰謀論者と話をしてみた事がある。どうやら彼はかなり若く冷戦の事を全く知らないらしくて困った経験がある。いや私もリアルタイムでは冷戦は知らない世代で、冷戦はドキュメンタリーや小説などの世界の話だ。だから昔の考え方は知識とか教養の分野になってしまうので、「その時代にはその時代の考え方があるのだから現代の目でとやかく言ったらおかしな事になる」と理解して貰う為にも解説や注釈は必要なんだろう。

『為朝物語ー椿説弓張月』 高藤武馬著 春陽堂書店 1977年

為朝物語というからには、てっきり保元の乱中心で大嶋の戦いまでしか書かれていないのかと思った。しかしそんな事は無く、きちんと残篇の最後まで書いてあった。それでも琉球篇以降は結構な端折り具合だったが。

基本的に原作に沿っているが省略しつつ微妙にオリジナル展開を入れてある。しかし八犬伝の時と違い圧縮は4分の1で済んでいるので、八犬伝ほど話の展開に無理があるわけではない。

でも八犬伝と比べればマシというだけで、弓張月も原作沿いで1冊の児童書にするには充分に長編で難しい題材だろう。

少なくとも今まで白縫が武藤太を拷問にかけるシーンを匂わせるレベルでも書いた児童書は一冊も見た事無い。武藤太はフェードアウトしているか最期が書かれても白縫とは全く関係ないかだ。

為朝が奥さんを何人も持ったり実在の上皇が魔道に入る場面は書けても、ヒロインが拷問を指揮する場面は書けないのだろうか。為朝が忠重の指を全部切り落とさせる場面だったら大体再現されているので、拷問そのものがNGではないはずなのに。

考えてみたら八犬伝の浜路も大概の二次作品では普通にヒロインヒロインしているからな。浜路が勝気なのは人形劇のノベライズかあべ美幸のマンガくらいだ。さすがに白縫は行動派ヒロインだから拷問シーンが無いくらいで基本は勝気なんだけど。

思ったんだけど白縫姫が昔ながらの守ってもらう系足手まといお姫様に書くとしたら、弓張月のストーリー展開はどれくらい変化するだろう。浜路が死なない八犬伝よりも別物になりそうだ。